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アンカー 1

気のおけない場所、というものは人間誰しも持っているもので、
そんな場所では普段話さないような事でも話してしまうものだ。
80歳になるという一司さんはこの街で一番高齢の床屋さんで、
僕の父親がまだ小さい頃からの付き合いだ。父親も彼も物静かな人間だが、
彼は僕が知らない父親の姿や過去を知っている。数年前この床屋に初めて来た時から、
予約をする時はいつも"息子の方です"と言えば通じてしまう。
そんな関係だからか長旅から帰ってくると必ずこの店に来て
伸びきった髪を切ってもらうことにしている。その度に旅行の話をして、
「心配していた」という言葉を聞くと、家に帰ってきたような安心感がするものだった。
たとえこの街から離れてもきっと彼は僕のことを覚えていてくれて、
僕は目を閉じながら、少しずつ話をしていくのだろう。
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