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アンカー adishi

仏教僧の生活においてその全ては修行である。掃除であっても、食事であっても。
キルギスの首都ビシュケクから少し離れた山の中、日本語のお経が聞こえてきた。
ここは日本山妙法寺。れっきとした日蓮宗のお寺だ。住職はおらず、今はロシア、カザフスタン、
ウクライナ、中国、そしてキルギス出身の僧侶が勉強のため暮らしている。
住職の代わりとして年に2回ほど金沢のお寺から先生が教えに来るそうだ。
お寺らしく一日の流れは決まっていて、朝10時の朝食と、夕方4時の夕食、朝7時と、
夕方6時の念仏は欠かさない。念仏は“南無妙法蓮華経”を1時間、大太鼓と団扇太鼓を伴奏に唱え、
法華経から一節ロシア語で音読。その後10分の瞑想がある。
太鼓は日本から持ち込んだもので、雪山に和太鼓の低音が響く。
日曜はこの場所にとって特別な曜日で、朝の念仏も普段より早く切り上げ、
コートとブーツを用意し、団扇太鼓をバッグに詰めててれから見上げる高さにある山へ向かう。
南無妙法蓮華経を唱えながら朝の青い山を一歩づつ。
歩いていると少しづつあたりが明るくなってきて、
頂上へ着く頃には図った様に太陽が顔を出し始めた。
その太陽が彼らの奏でる音楽のメトロノームになっているのだとふと気づく。
彼らの生活のサイクルと、リズムと、音楽はこれからも同じリズムを刻むのだろう。
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